\CONELメンバーインタビュー/
店主の『いちおし』なんですか?
Vol.10 chantilly/プレーンシフォンケーキ
CONELメンバーが作るお菓子は、一つひとつが個性的。
個人で製造から販売まで行なっているお店がほとんどだから、味はもちろん、材料やラッピングまで、作り手の「これが好き!」が詰まっています。
そんな魅力的なお菓子のなかから、店主が選ぶ『いちおし』をご紹介。
今回登場するのは、chantilly(シャンティ―)の松本さん。
シェアキッチンJITAを卒業して、4月にご自分のお店をオープンしたばかり。
いちおしは、米粉を使ったふわふわのシフォンケーキです。
■お菓子づくりは趣味のつもり……だったのに
シェアキッチンでは、パティシエやお菓子教室の先生、お菓子づくりが副業の会社員やデザイナーなど、様々な職業の方が活動中。その中でも今回登場する松本さんの経歴は、ちょっと変わっている。なんと元エステティシャン。20代で自分のお店を持ち、オーナーとして経営していたという。お菓子とは縁がなさそうだが、どうやってお菓子の道に進んだのだろうか。
「エステ店はお客さまに恵まれていたのですが、とにかく忙しくて。友達とご飯に行く約束をしても、仕事が押して結局行けないような毎日でした。ある日、このままじゃまずい! 何かしなきゃ! と思って、趣味だったお菓子づくりを勉強するために、ル・コルドンブルーに通うことに決めたんです」
そうして、平日の夜に週2回、2年間に渡り製菓を学ぶことに決めた松本さん。だが、ル・コルドンブルーは、1895年にパリで設立された歴史ある料理教育機関。趣味にしては本格的で、エステを経営しながら通うにはいささかハードルが高い気がする。迷いはなかったのだろうか。
「そうでもしないと、ずっと仕事のことを考えちゃうと思ったんです。だから強制的に仕事以外のことを考える時間を作るために、授業料100万円以上を先払いして、後には引けなくしたんです」
にこにこしながら語ってくれたが、なかなかハードな日々だったことは想像に難くない。コルドンブルーの卒業後はフランスに短期留学をしたり、色々なお菓子教室に通ったりと「仕事とお菓子」の日々だったという。だがこの時は「好きなことは、好きなままでいたい」と思い、趣味であるお菓子づくりを仕事にすることは全く考えていなかったそう。
そんなふうに長年趣味としてお菓子づくりを楽しんでいた松本さんに、転機が訪れる。鎌倉でシフォンケーキのお店を営みながら、シフォンケーキ教室を主宰している青井聡子さんとの出会いだ。
「それなりにお菓子を作ってきたので、ここだけの話、腕には自信があったんです。でもシフォンケーキだけは思うように焼けなくて、底上げしたり膨らまなかったりして。でも青井先生に習いはじめたら、お花が咲いたようにキレイに膨らむようになって! それが楽しくて毎日のように焼いているうちに、シフォンケーキにのめり込んでいきました」
シフォンケーキづくりの楽しさを弾むような声で語ってくれる。松本さん曰く、シフォンケーキは「飽きずに毎日食べられる」お菓子。旬のフルーツがたっぷり乗ったタルトや、色とりどりのマカロン、クリームたっぷりのシュークリームのような派手さはない。だからこそ朝ごはん代わりに食べてもいい。卵と牛乳というシンプルな材料だから、子供のおやつにもぴったり。日常に寄り添うお菓子だからこそ毎日焼いて、色々な味の探求も続けることができたそう。
確かにchantillyのシフォンケーキは、ふかふか食感で軽やかな食べ心地。やさしい甘さでぺろりと食べられる。特に「いちおし」のプレーンは、クリームなどを付けなくてもそれだけでシンプルにおいしい。しかも米粉で作られているから、小麦アレルギーの方も安心だ。
「あとはやっぱり、お菓子づくりを仕事にしようと自分の中で決められたのは、青井先生の存在が大きいです。『お店を開業したい人はサポートしますよ』といつも仰っていて、レッスンでも折に触れて販売方法や賞味期限の決め方、ラッピング材の選び方など開業に役立つお話があるんです。
それで、心の底では『いつかお店をやりたいな』と思っていたのが、『やるならシフォンケーキにしよう!』に変わりました。
しかも先生にそう伝えたら『一緒に計画を立てましょう! いつ開業しますか?』と言われて、勢いで『じゃあ2年後で!』と答えちゃって(笑)。背中を押してくれた先生には、感謝しています」
■すべては開業のために
そうして松本さんがはじめて「お店」として販売をしたのは、阿佐ヶ谷にあるFOOCO。シェアキッチンは一人ずつのストックスペースなどが限られるため、材料の持ち運びなどを考えて自宅から近い場所で活動した方が何かと便利だ。だが松本さんは“あえて”自宅から遠いFOOCOを、活動場所として選んだ。
「家からFOOCOまで1時間くらいかかるので、ちょっと悩みました。でも、自分のお店を持つと決めたからには、まずは馴染みのない場所で、私のことを知らない人たちを相手に自分のシフォンケーキがどの程度通用するのか、試してみたかったんです」
いつもにこやかな松本さんの声が少し硬くなり、「自分のお店を持つ」ことに対する真剣な想いが伝わってくる。
10年以上本格的にお菓子を作っていたとはいえ、はじめての販売前夜は興奮してなかなか寝付けなかったそう。しかも迎えた当日は、土砂降りの雨。出店取りやめも考えたというが「せっかく焼いたんだから」と、気持ちを奮い立たせ開店。chantilly第一号となるお客様は、FOOCOのご近所に住む高齢の女性だったそう。
「今でもよく覚えています。まだFOOCOもオープンしたてだったので、今のように日替わりで色々なお菓子が買える場所という認識もされていませんでした。通りがかりのその女性が『何を売っているの? おいくら?』と声を掛けてくださって『シフォンケーキです、300円です』とお伝えしたら『高いわね』って去っていかれて。
そっかぁ……高いかぁ……まだ商売をするのは早かったかなって思っていたら、20メートルくらい歩いていたのにUターンして戻ってきてくれたんです。その日がはじめての販売日だと伝えたから、私が雨の中捨てられた小犬みたいで気の毒に思えたのかな(笑)。全種類を1個ずつ買ってくださって1,200円の売上になりました」
こうして誰にも宣伝することなく、お店をはじめた松本さん。少しずつ商品が完売する日も増えたところで、店舗開業を見据えて自宅からアクセスがよい神田のJITAに活動拠点を移す。ここでは毎週同じ曜日、同じ時間に営業することで、固定客を増やしていった。
が、ここに来て問題が起こる。松本さんが、小麦アレルギーになったのだ。
「関節が痛くて手足が痺れて泡立て器も上手く握れないのに、病院では『手の使い過ぎによる腱鞘炎ですかねぇ』『お年頃なのかもねぇ』なんて言われて(苦笑)。色々な病院を梯子して、2、3か月してやっと小麦アレルギーになっていたことがわかりました」
そうして、それまで小麦粉で作っていたchantillyのシフォンケーキを「米粉」で作らざるを得なくなった松本さん。この時点で、青井先生と交わした「2年後に開業」の約束の期限まで、残り半年。商工会議所に足を運び事業計画書を作りつつ、物件を探し始めたタイミングだったというから、相当なショックを受けたのかと思いきや、そうでもないらしい。
「それが米粉で作ってみたら、ますますおいしくなっちゃって(笑)。仕事をしながらだったけど、20年以上お菓子を作り続けてきた経験が活きました。お客様からも、米粉に変えてから更においしい! と好評なんです。
私、昔から蕎麦やピーナッツのアレルギーもあったので、食べられないものが多いんです。だからこそ『おいしいもの』に対する執着も人一倍あって、アレルギーに負けずに米粉シフォンケーキを開発できたのかもしれません」
小麦アレルギーで大変な想いをしたはずなのに、スキップでもしそうな雰囲気で楽しげに語る松本さん。心の底からシフォンケーキが好きなのだろう。
そしてついに、この4月にchantillyの実店舗が清澄白河にオープン。築70年の古民家をリノベーションしたカフェだ。開店翌日に改めて足を運ぶと、一階にあるカウンターの中からこちらに気付いた松本さんがぶんぶんと手を振ってくれた。念願のお店が出来上がった喜びが、全身から伝わってくる。
店内から外をむくカウンターに目をやると、「CHIFFON TO GO!」の文字が。趣味を仕事に変えた松本さんが、シフォンケーキと共にどこまでいくのか。これからの歩みを、ファンのひとりとして応援したい。
取材・文=炭田友望/写真=CONEL
chantilly/松本さん
シンプルな素材にこだわったグルテンフリースイーツのお店。季節のインスピレーションと多様なアイデアから生まれる心と体にやさしい正直な味わいで、満たされるひとときを。シフォンケーキ、ロールケーキ、カヌレほか、イートインではこだわりのドリンクと共にお楽しみいただけます。オーダーでホールケーキやバースデーケーキも承ります。
・活動キッチン:FOOCO(阿佐ヶ谷)※2023年4月まで/JITA(神田)※2024年3月まで
・Instagram:https://www.instagram.com/chantilly.chiffon
【Chantilly店舗】
・住所:東京都江東区佐賀1-12-7
・営業時間:11:00~18:00
・定休日:月曜、火曜